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恩返し もっと世界を自由に。

恩返し 人をむすぶ、街をつなぐ。

今日は別府の杉乃井ホテルに宿泊してましたので、別府から

直接、維新へ行きました。

前日の別府の夜景、天気も良かったので右上には、福元選手の

出身地大分市の夜景もきれいに見れました。

別府ICから東九州道(岸田選手の出身地:日出町通過)・九州道

関門橋・中国道そして下関JCTから、ミスタートリニータこと

高松大樹元選手、現:大分市議の出身地宇部市の宇部JCTから

山口宇部道路(元:宇部有料道路)そして、維新付近までバイパス

が数年前に開通したので、そのバイパスを経由して、維新の有料

駐車場に約3時間で到着しました。

途中、下り線:門司港IC~門司ICでの事故発生で、下りは小月IC

から数キロ先で渋滞発生、上下線:下関IC出口でも渋滞発生して

いました。また、大分県内走行中は雨も強く速度規制がかかって

ました。

たぶん、下関・九州から高速利用して維新へ行く場合には、中国道

の小郡IC下車より下関JCTから宇部経由の方が、高速料金も安く、

山口宇部道路からバイパス経由で維新手前まで道なりに運転すれば

よく、一般道に合流するまで信号もないので、お得であり迷いにくい

かと思います。(運転時間が短縮出来るかは不明です)

有料駐車場ですが、大分ナンバーの車が沢山駐車されてましたし、

山口ナンバーの車でも、トリニータのユニフォーム着用していた

運転手・同乗者の車もかなり見ました。

佐藤選手・星選手・清永選手・廣木選手のカードをゲットできました。

17時03分、トリニータバス到着

17時15分、レノファバス到着

初めての光景ですが、入場前にアウェイチームの横断幕セット済みでした。

J2では、アウェイの入場者数が一番多かったのではないかと

思います。

アウェイの入場待機列も4列目までは見たかぎりいっていました。

グルメガーデンも青のトリサポが多く目立ちました。

試合前には、萩市サンクスデーで、同市内の高校生による

書道パフォーマンスが披露されました。

天気に恵まれ、ビッグフラッグ見ることできました。

トリニータはビッグフラッグ3枚でした。

久しぶり星選手の出場です。

福元選手が恩返しゴールで同点

ラモス選手が逆転ゴールを決め一時は盛り上がりました。

しかし、1点差で敗戦しました。

次節はアウェイです。選手の皆さんがんばってください。

山田選手が契約により出場できないので、村上選手がメンバー

入りでしょう。

三幸選手、次節はスタメンでの出場期待してます。

讃岐が勝利したため勝ち点の差が広がりました。

監督が、「こういった状況から少しでも早く脱出するためにも、

今までの2倍、3倍の努力を積んでいきます。練習から集中して

良いチームにしていきます。サポーターの皆さんは今までどおり、

今まで以上に私たちに付いてきてください。私たちを支えてください。

よろしくお願いします」とコメントされてます。その言葉を信じ、J1

自動昇格枠がねらえる順位にいるチームとの対戦も控え困難が

予想されるますが、残り12試合の内、ホームの維新と下関では

現地で、アウェイはDAZNでレノサポとして応援します。

がんばれレノファ!

 

 

 

 

 

 

「恩返し」という怪物


 

 映画が良くて演技を始めたチョ・ジョンソクは<建築学概論>を通じて、初めて10年ぶりに映画に出演する‘映画俳優’になった。その後彼はその間の恨みをはらすよう<観相>、<逆リン>などの興行映画で自身のフィルモグラフィーを満たして一気にスクリーンスターになってしまった。 だが、多くのミュージカルファンたちは彼のミュージカル舞台を相変らず忘れることができない。 それに対する恩返しであろうか? 映画からドラマで縦横無尽した彼が3年ぶりに再びホームグランドである舞台に戻った。
彼は舞台に立つことが'ママと家で楽しく遊ぶようだ’と話す。
彼に舞台は故郷に帰ってきたように最も安らかな時間であろう。ひたすら作品だけを考えて、初めての公演を待っている彼の姿で舞台に向かった懐かしさの時間が見える。  

Q. 何週後なればいよいよ初めての公演だ。
 
言葉ですべて表現することができないほど非常に待たれる(笑)。
舞台に再び上がるつもりに本当に毎日毎日幸せに過ごしている。
だが浮き立つまいと努力する。
以前に公演をした時の心がけとその時の記憶を思い出させている。

Q.再びミュージカルの練習すればどうなのか?
 
劇的に現在の状態を表現しようとするなら‘空を飛ぶ感じ’だ。
本当に楽しく練習している。
故郷に来た感じで練習をしているのにはやく公演が始まって観客に直接会いたい。
この頃には本当に<ブラッドブラザーズ>にすっかりはまっている。
ただ頭の中にはこの作品しかない。

Q. 3年ぶりの舞台なのに、負担感はないか?
 
良い作品というのを正確に知って飛びかかって開始をしたことだし、負担感はない。
もし少しでも作品性が落ちたらそのような気がしたはずなのに、
作品性とキャスティングもとても良い。
公演というのが共同作業なので共にする製作スタッフと俳優、
スタッフを信じなければならない。
舞台を離れている間たくさん懐かしかった。
それで負担感よりは幸せな心がさらに先だ。

Q.帰ってくるというので周辺同僚、先後輩は何というか?
 
新人に手本になる位置になったので引き受けた席で今までしてきたように、
もっと上手くやってほしいとそのような話をしてあげたよ。
ものすごく満たされて、気持ち良い言葉だ。
本当に熱心にしなければならないという考えの外に入らない。

Q.なぜ<ブラッドブラザーズ>を復帰作で選択したか?
 
この時期に必ず公演をしなくちゃという計画はなかったが、
周囲で公演する姿を見たがる方々がかなり多かった。
会う方々ごとに公演をいつするのか、特にファンの方々がたくさん見たいといった。
そのような考えを有していたがこの作品を提案を受けて、多くの方々が推薦をした。
良い作品だという話をたくさん聞いた。
その話を信じて台本を見たためかおもしろかった。
 
この公演はストーリーテリングがとても魅力的な作品だ。
演出家であるグレン・ウェルポドもずっとその部分を強調するが、
私も同じように共感をして、同意をしていてそこに重点を置いて演技をしている。
ミュージカルだが本当に演劇らしいのが私たちの作品の魅力ではないかと思う。
私が久しぶりに公演をするならばこのようにストーリーテリングが、
引き立って見える作品がしたいという考えがあった。
 

Q.オリジナル公演の初演演出家グレン・ウェルポドが演出を引き受けたが、
どんな注文をするか?
 
私が引き受けたミッキーは7才の子供から成人まで演技するべきなのに、
子供を演技するのではなく子供がどんな考えを有しているのか、
この子供に何が一番重要なのかを先に悩んでみろと注文をする。
私もそれに対して同意をする。
'私は7才だ'と私が私自身を合理化させるのではなく7才の子供になって、
その子供がどんな考えをしているのか、私に一番重要なのが今何か、
私が一番恐ろしくて恐れるのは何かを考えようとする。
3人称観察者時点でなく1人称時点で接近すると本当にその子供になるようだ。
その子供としてこの公演を進めているという感じを受けて新しい経験をしている。
本当におもしろい作業だ。
初めには子供をどのように演技するのか、自ら疑問もあって恐れもあった。
だが、私がこの子供になってしまう瞬間その疑問と恐れは一瞬になくなった。

Q. ミッキー役に対してもう少し説明するならば?
 
エディと双子兄弟なのに、ひとまず汚らしい。
住めない家の息子だと見ると大人たちが使う悪口もとてもたくさん知っていて、
それをためらいなく吐きだす。
劇中セリフにも出てくるが、
“大人たちはみな足りなくて、母親たちはみな足りなくて”
と幼い子供だが大人たちを皮肉することができるだけに成熟した姿だ。
だが、その年齢に持っている可愛気と活発なことも一緒に持っている。

Q.ミッキーという人物をどんな方式で訪ねて行っているか? 
 
キャラクターを研究する時は新しい人物をモチーフとしてすることもできるが、
私はサブテキストに対する考えをとてもたくさんする。
今回の場合、ミッキーは貧しい家で育ってきた子供、常にお金のために困窮するように、
しおれたママから育ってきた子供、
ママが時々活気に満ちるように笑う姿を見ればとても驚くよ。
そのような子供が育てばどのように育ったのだろうか?
そのようなサブテキスト考えをたくさんする。
どんな作品でもそうだ。
この作品も同じだ。

Q.双子兄弟ミッキーとエディはお互いに引かれる。
単純に双子の兄弟という関係を離れてエディにそんなに引かれたわけは何だろうか?
 
ミッキーとエディはお互いの環境の差のために引かれるようだ。
環境がとても違うと、
“きてあんな子供もいるよ。”
そのような気がかりなことと好奇心によってお互いから魅力を感じるようになるようだ。
お互いに引かれるその姿が後ほど結末で行っては、
暗鬱な悲劇に駆け上がることになるのが公演の重要なポイントとなる。
彼ら兄弟がお互いに持っている主な感情はうらやましいということだ。
エディにはミッキーの大胆で堂々としていて素敵な姿がうらやましい。
うらやましい感情が私たちの作品で最も重要な部分だ。

Q.双子の兄弟の悲劇の扱った作品とか、何より相手のエディ役との呼吸も重要なようだ。
チャン・スンジョン、オ・ジョンヒョクと練習を合わせてみるとどうなのか。
 
二人が違うと他のエディが出てくるのに二人ともとても良い。
彼らが引き受けたエディは正しくて美しくて優しくて賢い姿だとたくさんうらやましい(笑)。

Q. 同じ役割のソン・チャンウィとも話をたくさんするのか。
 
チャンウィ兄にたくさん習う。
互いに満たすことが出来なかった部分、探せない部分をやり取りして練習していて、
たくさん学び悟って助けにとてもたくさんなる。
これでダブルキャストがとても良いともう一度感じている。
それぞれ違うのでやむを得ず他のミッキーが出てこなければならないことだ。
それで期待される。
 

Q. 映画とドラマで多くの愛を受けた2012、2013年はそのどの時より特別だったようだ。
 
ものすごく特別な時間だった。
個人的にチョ・ジョンソクという俳優をさらに多くの人々に知らせることができた時間だった。
それで有難くて感謝した時間だった。
私の一生において絶対忘れることはできないとても大切な時間になるようだ。

Q. 大きなスクリーンで本人が出てくる姿を初めて見た時どうだったか?
 
もう適応になったが初めて<建築学概論>試写会の時だけでも、
私が出てきた場面だけ見ればからだが縮んで頭を上げることはできなかった。
今は何気楽だったと適応になったようだ(笑)。

Q.週末ドラマと映画が大衆性を有しているだけに、周辺の変わった反応を感じるか?
 
一番最初に感じるのは認知度だ。
どこへ行けばたくさん調べてみて、そのような部分において確かに変わったようだ。
だが、それは俳優として、公認として不便さより有り難みをたくさん感じるので、
甘受しなければならない部分ではないのかと思う。

Q. ブラウン管、スクリーン、舞台を経験してみたがそれぞれの魅力は何か?
 
映画とドラマはカメラ演技なのでディテールな部分をたくさん習うことができて、
舞台演技は他の見方をすれば大きくするように線の太くて何より生き生きした、
ライブの現場に会うことができる。
みな魅力がある(笑)。

Q.映画やドラマでは俳優チョ・ジョンソクをまだみな見せられなかったようだ。
本人の才能をさらに発散したい作品があるならば?
 
ジャンルで話そうとするなら、<逆リン>を通じてアクションに挑戦してみたが、
今はスリラーを一回ぐらいしてみたい。
メローやロマンチック コメディは<私の愛私の新婦>をこの前にとったし(笑)、
公演でも放送でもドラマでもジャンルで問い詰めた時スリラーを一度してみたい。
後ほどにはショー的で派手な公演も一度してみたい。

Q.今回<ヘドゥウィク>が十周年をむかえた。
チョ・スンウ、ソン・ヨンジン、キム・ダヒョンなど俳優が再び出演するのに、
ポドゥウィクのカムバックを期待してみてもかまわないだろうか?
 
私は出来ないようだ。
したくてもこの作品のためにならなくないだろうか?
だが<ヘドゥウィク>という作品をとても好きだ。
それだけ魅力的な作品で、私は<ヘドゥウィク>のすべてのナンバーを愛する。
今ではないがいつかは必ずすることになるようだ。
後にでも必ずまたしたい作品だ。

Q. 今まで演じた作品中一番幸せだった作品は?
 
十本の指かんで痛くない指がないように毎作品するたびに常に幸せだった。
それでその幸福を論じるのが常に惜しい。
だが、2009年<Spring annealing>の話をしないはずがない。
私に賞を2個も抱かせた作品で(笑)、
練習する時や公演の時もチームワークがとても良かった。
まだ熱い友情を分けている。
 

Q. 2004年<クルミ割り人形>でデビュー後、もう十年を越えたが、
舞台の上で送った時間を見て回ればどうなのか。
自らその時よりましになった点があると考えるか。
 
よく歩いていっているようだ。
私は私がした作品に対する自負心があまりにも大きい。
それだけその作品を愛したし惜しいことなく情熱を注いだので物足りなさがない。

多様なジャンルを行き来することができるようになったこと。
それが最も変わったことではないか?
使い道が多い俳優になりたいのが俳優の欲望のうちの一つだが。
そうなっているようで気分が良い。
十年前にはこのようになるだろうと全く分からなかった (笑)。
デビュー時はいよいよ舞台に立てるんだな、
公演をして金を儲けるんだなとそのように考えたしそれ自体での喜びがあった。

Q.今後 どんな俳優を夢見ているのか?
 
今までしてきたように今後も熱心にするだろう。
どんな時歩いて、ある時は走って、ある時は後も見て回ってそのようにしてきた。
誰かは後も見て回らずに前だけ見て付けようとしなさい、
するのに私は時々の後も見て回って時々散歩もしながら熱心に走って走って、
ゆったりと歩きたい。
今後もそうするだろう。

Q. いつどこででもファンたちの対する感謝することを常に表現するが、
この席でファンたちに一言いうならば。
 
'本当にありがとう'という話を一番最初にしたい。
たくさん待って懐かしがって感謝する。
それだけ期待に外れないように熱心に公演を準備しているので、
すなわち舞台上に上がるミュージカル<ブラッド ブラザーズ>を満喫すれば良いだろう。

 

恩返しの悲惨な末路

 

高校野球も熱いですね~。

昨日の大阪桐蔭VS仙台育英の試合も痺れましたにこ

 

何となく仙台贔屓になってしまいますが(理由は明確にひひ)、

両チームの健闘を称えたいですねラローズ9

 

 

懐かしいお写真を冒頭にチョイスピンクハート

 

さて、NumberWebの松原氏の記事!

 

凄く良かったですやったぁ~

 

五輪シーズン直前に思い出の地で。
羽生結弦、心からの恩返しと感謝。

 

 

リンクに姿が見えた瞬間、大きな拍手が起きた。

 

 8月16日、横浜銀行アイスアリーナで行なわれた神奈川区制90周年イベント。登場したのは、羽生結弦だった。

 

 はじめに、エキシビションが行なわれた。同リンクで練習する川畑和愛と青木祐奈に続いて、羽生は『花になれ』を披露する。前日に帰国したばかりの中、4回転トウループを2つ、トリプルアクセルを織り交ぜたプログラムに、再び拍手が起きた。

 

 その後、応募抽選によって選ばれた約70名の小学生以下の子供たちを対象にスケート教室を実施した。

 

 子供たちは4つのグループに分かれ、羽生は1つずつグループをまわって教えた。参加したのはほとんどが、スケートを始めて間もないような子供たち。各グループについているインストラクターと相談しつつ、指導にあたった。

 

「いつか一緒に試合ができるのを楽しみにしています」

 そこにうかがえたのは、決して上からではない目線の低さと、シンプルな言葉、そして比喩や擬態語の使い方の上手なところだった。姿勢について「頭の上からぴーんと吊るされているように」と説明したり、「その姿勢で前へ進みましょう。トントントントン、と」といった具合だ。子供たちの年齢は低い。手振り、身振りを交えながらもいかにして短い時間で、言いたいことを伝えるか。教え方にも、羽生が持っている一面が見えた。

 

 最後は集合した子供たちの前で、こう挨拶した。

 

「スケートが好きな子、手を上げて。転ぶのが嫌いな子、手を上げて。転ぶのが好きな子、手を上げて。いっぱい転んでOKです。僕もたくさん転んでいます。たくさん失敗しよう。ただ失敗するだけじゃなく、どうして失敗しちゃったのかなって、失敗しないよう工夫を考えよう。そうしたら、絶対うまくなれます」

 

 たくさん失敗しよう、という印象的な言葉のあと、「いつか一緒に試合ができるのを楽しみにしています。それまで、おっさんも頑張る」と笑顔で語り、子供たちや見守る家族も笑顔にして、この日を終えた。

 

開幕前のタイミングで横浜のリンクへと来た理由は?

 

 今季はオリンピックシーズンで、初戦が間近に迫っている。調整に集中したいところだが、そのスケジュールを縫って帰国しての参加だった。競技のことを考えれば、ためらっても不思議はない中、イベントに加わったのには恩返し、感謝の思いがある。

 

 プログラムを滑ったあと、マイクを手にした羽生は、挨拶の中でこう語った。

 

「震災のとき、このリンクを借りて僕は何とかスケートを続けることができました。辛いこともありますが、スケートをやっていれば楽しいこともあります。少しでも皆さんが幸せになれるようにと思いながら滑らせていただきました」

 

 羽生は2011年3月の東日本大震災のとき、拠点としていた仙台のリンクが被災。使用できなくなったことで、練習場所を失った。

 そのかわりに、数多くのアイスショーに出演することで練習量を補った。それとともに、一時練習場所としていたのが横浜銀行アイスアリーナ(当時は神奈川スケートリンク)だった。仙台で指導を受けていた都築章一郎コーチが同リンクに移っていた縁があってのことだ。

 

境遇を重ねて、みんなが頑張っていただけるように。

 

当時の感謝を込めての参加だった。

 主催者側の説明によると、イベントへの参加を依頼した際、即座に承諾を得たという。そこにも、気持ちが表れていた。

 

 震災とその後の経験は、今なお忘れがたい。心に残っている。8月8日のトロントでの公開練習日に語っていた言葉も、それを物語る。

 

「復興している地域にも格差みたいなものがあると思うんですね。自分が足を運んだりいろいろなことをして、この3年間で感じたことです。でもそこには共通な思いがあって、新たに挑戦しようという思いであったり、守ろうという思いであったり、これからつないでいこうという思いであったり。スケートをやっているときでも同じようなこともあったりするので、そういった意味で、自分の境遇と重ねて、みんなが頑張っていけるような、励みになるような結果を出すことが一番かなとは思います」

 

応援の意味を知るきっかけになったのは間違いない。

 

「あの苦しいシーズンがあって、たくさんアイスショーに出たり、そういった中でたくさんの応援の意味などを知るきっかけになったのは間違いないので、それがあるから今があると思っています」

 

 だからこそ、スケジュールの合間を縫って参加したのだ。

 

 以前にはこうも語っている。

 

「(震災後の経験で)応援されることの意味を知ることができましたし、自分が支えられているんだと実感することができました」

 

 今も変わらないその思いも力として、4年に一度のシーズンへ向かおうとしている。

 

抜粋以上

 

羽生くんの言葉は赤字にしました!

 

 

的確な指導や子供に接する態度にも触れて、尚且つ震災への思いなどのも掲載もあり心温まる記事でしたふわぁ

 

 

最後に応援の意味を知るきっかけとなったとありますが、

応援については何度か考えたことがあります。

 

例えば、

 

ラローズ4競技会等で「ゆづ~ピンクハート」「頑張って!」と声に出す

 

因みにスタート位置についてから「ゆづ~愛してる」は論外ですねアセアセ

この2014ワールドの件、羽生ファン以外の友人がアレは酷かったといまだに言ってきて怒っていますあせ

 

ラローズ4ネットやテレビの前で祈りながら応援する

 

ラローズ4SNSに応援の気持ちを綴る

 

競技会の時はこんなパターンでしょうか。

 

 

ただ、恐らく、競技がない時期でも(要は毎日ねぐふ)応援したいと思っている方が多いのではないでしょうか。

 

ジュマペルもその1人です。

 

羽生くんは、応援の思いを受け取って力に変えられる人だと思っているので明るいパワーを贈りたいのウインク

 

 

ですが、入り待ちや出待ちは・・・

 

応援の気持ちの表れだと思いたいけど、どうなんでしょうか・・・。

 

リンクの上やテレビで見せてくれる羽生くんじゃダメなのかな。

 

好きだから一瞬でも見たい!直接声を掛けたい気持ちもわからなくはないです。

 

羽生くんは優しいから、外でずっと待っていてくれた人にきちんと対応するだろうけど、それが応援かどうかと言ったら・・・ジュマペルは疑問が残ります。

 

 

アスリートとの距離感は大事かなと思っています。

 

 

 

羽生くんが、思い描くシーズンが送れるように遠くから見守っていきたいですにこ

 

ただ、試合のチケットが当たったら、リンク上の羽生くんに精一杯声援は送りますよ~やったぁ~

 

GPFと全日本のチケットが当りますようによっしゃ

 

 

 

 

 

 

 

最後までお読み頂きまして、

ありがとうございました。

 

つながる羽の輪プロジェクトを支持しています。

 

 

画像や動画は、

在り難くお借りしました。 

 

羽生君を応援している方

ポチっとして頂けると嬉しいです乙女のトキメキ

 

 

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